中元普渡は主に地方の無縁仏を鎮め、現世の善良なる心を行き渡らせることにあります。中元の祭典は信仰区域ごとに交代で祀り、民国94年を例にとると、「北頭庄角」が祭祀を担当し、祭典の儀式は北投釈教香徳壇が執り行いました。このような法事を行うにあたって、關渡宮は旧暦7月15日の子時に代表の法師が天・地・人間界に対して、關渡宮が中元の祭典を執り行うことの意思を表明します。また、早朝に『慈悲三昧水懺』をもって儀式の始まりを宣告し、午後には「牽水」(上蔵下車)を行い、水難で亡くなった人々を成仏させます。「牽水」には、細い竹で編んだ円筒状の道具に灰色っぽい花模様の紙を覆ったものを使い、手を触れて回転させることで、水難で亡くなった人々の霊魂を周辺の水域から引き上げて、成仏・転生させます。
毎年担当の地域は積極的な態度で関与すると同時に、里長や地方権力者らがあちこちから人的・経済的資源を確保します。重要なイベントの一つに「殺豬公」(豚殺し)がありますが、殺した豚の数が多ければ多いほど里の栄光となるため、各里長が栄誉のために信徒に豚殺しを勧めると言われています。例えば民国92年の中元普渡は「關渡角頭」(關渡・竹囲・八里龍形等を含めた關渡周辺の信仰エリアを指す)の担当でしたが、この年は合計37頭の豚が捧げられ、一列に天壇の前に並ぶ姿は大層壮観でした。
【ネット登録】(盂蘭盆法會)
旧暦7月は中元普渡のほか、毎年7月1日から3日に「盂蘭盆法会」(お盆の法会)が3日間に渡って催され、廣渡寺の「進主護靈超渡法会」では事前登録に基づいてリストを作成し、読経を通じて霊魂を成仏させています。旧暦6月29日の午後には「引魂」式があり、翌3日間の読経によって古き先祖の因縁を解消し、一切の亡霊を善き場所へと導きます。「盂蘭盆」は「解倒懸」の意味を持ち、飢餓や虚弱で体が逆さに吊るされたかのように苦しむ全ての大衆を救うことを指し、「目連救母」(目連、母を助ける)の物語が起源と言われています。